イノベーションの価値連鎖を県内だけで完結させない
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ストーリー|イノベーションの価値連鎖を県内だけで完結させない

イノベーションの価値連鎖を
県内だけで完結させない

愛媛大学 社会共創学部
野澤一博准教授 インタビュー

弘前大学、青森県を中心に開発が進められたサケ鼻軟骨由来の機能性素材「プロテオグリカン」。2000年に弘前大学が抽出技術を確立したのを機に、地元企業の角弘が抽出プロテオグリカン原料の量産化に取り組み、地元企業、県外企業が連携しながら事業化を進め、成長軌道に乗った。その「成長実績」が評価され、プロテオグリカンのプロジェクトは、「イノベーションネットアワード2013」文部科学大臣賞を受賞、また、平成25年度~29年度の地域イノベーション戦略支援プログラム(文部科学省)にも採択された。

プロテオグリカンの事業の成功要因はどのように考えられるのか、地域イノベーションに詳しい愛媛大学、社会共創学部 野澤一博准教授に聞いた。

問:野澤先生は文部科学省の研究プロジェクトで、2015年に青森・弘前大学のプロテオグリカンプロジェクトの調査研究を発表されています。当時、調査対象としてプロテオグリカンに着目した理由は?

野澤:数多くの地域で農水産物から機能性素材を抽出し、地元の大学等で研究が進められたが、プロテオグリカンのような成長軌道に乗ったケースは残念ながら極めて少ないのが現実です。そこで、地域におけるイノベーションの連鎖がどのようにして成立したのかということを検証し、他のプロジェクトに活かしたいという問題意識に立って、青森県のプロテオグリカン、それと香川県の希少糖のプロジェクトについて調査することになりました。その結果、わかった重要なポイントは、イノベーションの価値連鎖が県内だけで完結していなかったことです。

青森県・弘前地域は、産業基盤・科学技術基盤とも決して恵まれたとはいえないところでしたが、地域の伝統を活かし、大学で長年研究されていた分野の成果から生み出された素材に着目し、その素材の実用化に関係者の意識や活動が集中したことが功を奏しました。本事業で鮭の頭を処理してプロテオグリカン原料の量産化に取り組んだ角弘は、地元の有力企業ですが、機能性素材の製造分野は全くの門外漢でした。にもかかわらず地域のためになるならと投資を決めたことは英断でした。そして、その後、実用化が比較的スムーズに進められたのは、県外企業の一丸ファルコスとの連携が成立したからです。

県外企業との連携が実用化を後押し

一丸ファルコスは岐阜県に本社がある素材メーカーですが、化粧品分野や健康食品分野で数多くのナショナルブランド、グローバル企業の取引先を抱えています。当社が介在することでユーザー企業の高い要求仕様にも応えて素材の提供を進めることができました。その過程でユーザー企業に対しては、プロテオグリカンが青森県や弘前大学がコミットしている素材であるということも採用するにあたって大きなバックアップになったと思います。

 

問:産官学連携が、弘前地域ではスムーズに機能したということですが、他の地域では、そうした展開が難しいのでしょうか?

他の地域でもよく見受けられるのは、地域イノベーションが、政策の運営主体である県や自治体の行政区分に固執されてしまい、県外との連携が進まなかったり、すべて県内で完結させようとする圧力が働くためにイノベーションのポテンシャルが矮小化あるいは立ち遅れてしまうというようなことです。こうしたことから得られる教訓としては、地方自治体は県内での成果のみを求めるのではなく、県外の企業の力も適宜受け入れる懐の深さが求められるということでしょう。地域での成果を優先するのではなく、先ずはイノベーションそのものを起こすことを優先すべきなのです。

問:地方自治体のプロジェクト担当者としては、どうしても県内に成果を残すということが求められてしまうという現実もありますが。

野澤:その点については、誤解もありますね。確かにイノベーションを地域経済や地方創生につなげるというのが自治体としては最終目標になるかも知れませんが、文科省も含めて国のプロジェクトでは、行政区分を超えて事業展開すること自体は何ら問題はありません。繰り返しになりますが、先ずはイノベーションそのものを起こすことが重要なのです。

問:成長軌道に乗ったプロテオグリカンプロジェクトですが、今後さらに事業を発展させていくためにはどんな課題が考えられるでしょうか?

文科省、青森県が主導した地域イノベーション戦略プログラムは、2018年で終了しました。今後は、民間主導で推進していくことになります。せっかくできあがった産官学連携のプラットフォームについては、うまく引き継いで機能させていってほしいと思います。

戦略ロードマップの策定が重要

国のプロジェクトとして運営しているときには、全体の戦略を構築する県の阿部ディレクターが、ロードマップを提示しました。すなわち、初期の段階で、本事業を最初に化粧品素材から入り、次に食品素材に広げ、そして最後は医薬品開発を目指すという手順を示したのです。このことも大変重要なポイントだったと思います。他地域では、いきなり達成目標に医薬品開発などが掲げられているケースがありましたが、医薬品開発には10年単位の年月が必要で、かなりハードルの高い目標になります。結果、プロジェクトが挫折したり、時間切れになるという状況に陥っている事例が見られます。戦略ロードマップを描くことが重要ということですが、民間主導となった場合に、全体の戦略を誰が描くのかということが課題になるでしょう。本プロジェクトの場合は、既にネットワークが形成されているので、関係者が知恵を出し合って皆で戦略を議論していけばよいでしょう。

それと、だいぶ地元企業の製品も増えてきたようですが、青森県の企業がもっと頑張ってほしいです。これまでは、プロテオグリカンという素材先行で化粧品や食品、お土産品などの開発が進められてきましたが、例えば、健康寿命の延伸という観点から、寝たきり防止や中高年のフレイル対策と連携するなど、地方創生のテーマにプロテオグリカンを位置づけ、官民連携で県民の生活に根差す形でさらに浸透させていくということも考えられると思います。

野澤一博氏プロフィール:

専門は地域イノベーション論、地域学習論、産業都市論。日本立地センター、文部科学省科学技術・学術政策研究所などを経て現職。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)

主な著書:『イノベーションの地域経済論』(ナカニシヤ出版 2012年 単著)、『日本のクラスター政策と地域イノベーション』(東京大学出版会 2013年 共著)など。

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